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4月25日

大阪は、本日から3回目の緊急事態宣言が始まりました。

毎日過去最多の数を更新して、いつのまにか大阪の感染者数は1,000人を超えています。
少しずつ急上昇していき、いつの間にかの4桁の数字にもさほど驚かなくなりました。
第4波かもと言われながら、いつからか変異種にとって代わり、急激な感染拡大と若い人の重症化も報告され、学校閉鎖なども小さく報道され、ウィルスが広まっているのを実感します。
そして何より怖ろしいと感じるのは、救急車で病院に搬送してもらえないこと、入院できなくて自宅待機をするうち短時間で重症化して亡くなる人が増えてきたことです。
コロナだけではない病気や、救急が必要な事故などもあるでしょう。
どうなるのだろう…

厳しいロックダウンをしながらワクチン接種も進んでいるフランスやドイツでも、変異種の猛威で感染者激減の傾向はないようですね。
関西圏の緊急事態宣言が17日間だけで、この状況が改善されるとは期待できないです。
今は、早くワクチン接種が広く行き渡ることを待つのみだ、と思うようになりました。
その時まで、感染リスクを避ける行動を 今までどおり自分で考えて実行するしかないですね。

2回目の冬の緊急事態宣言のとき、夫の通う町内のシルバークラブ活動は休みになりませんでした。
夫は誘われるままに幾つもの活動に参加しているので、ほぼ毎日出かけていました。
しかし今回ばかりは、4月半ばに上からの指示で全活動中止になりました。
それからずっと家に籠っています。
散歩するでもなく、庭仕事や掃除をすることもなく、自主的に一人で何かに取り組むということもなく、部屋でテレビを見ているようです。
彼にはシルバークラブ活動は絶対に必要だと痛感します。
でもやはりコロナ禍では家に居る方が安全です。
誰かに促されないと自分から動こうとしない人は、こうして認知症になり易いのかもしれませんね。
少し心配しています。

この緊急事態宣言で、更にリモートワークが推奨されています。
また人の動きを止めるという目的のために、商業施設やテーマパーク各種イベントも中止になっています。
動物園や万博公園も休園と知りました。
図書館や美術館なども休館ですよね。
子供さんを育てている家庭にとって、この季節に外出できないなんて。。。
夫も子供も家に居て連休をどのように過ごすか、頭を悩ませているのではありませんか。
この状況では実家を訪ねることも出来ず、気晴らしもできません。
身動きとれなくて困っているのではありませんか?
心配しています。
悪条件が重なり過ぎています。

あじさい会を始めたのは、自分の夫が典型的なアスペルガーの特性を強く持っていたことがわかり、同じように悩んできた人達と話したいと思ったからでした。
たくさんの方が会を訪ねてくださいました。
数えてみると115回の開催があり、そのどれもに参加した私はどれほどのカサンドラの方々にお会いしたことでしょう。
どの方も参加するまで、長い月日を一人で悩んでいて、何から話せばよいのか戸惑う人も多かったです。
どの方の悩みも深刻で、長いあいだ非常に傷ついてきた様子がうかがえました。
ストレスから病気になっている人が多いことも、カサンドラの問題の深さを感じました。

参加者の方々の話のなかで、とくに深刻で重大だと思ったのは、夫がアスペルガーの特性をもっていると理解したとしても、妻への言動がDVに至っているケースです。

経済的DVで、妻へ生活費をほんの少ししか渡さない。妻が必要として買ったものでも、文句ばかり言う。妻は好きなモノを買ったら、隠さざるをえない。夫が散財することは自由。
精神的DVで、妻を脅しビクビクさせる。無視する。人前で罵倒する。話を聞かない、バカにする。妻が謝るまで自説で延々と説教する。
夫が帰宅するだけで身体が震える。夫の顔色をうかがってしまう。子供より夫を優先させられる。

仮に夫にアスペルガーの特性が強くあったとしても、一緒に暮らす妻が恐怖を感じたり、理不尽過ぎる、支配されている、と感じること。それはDVの部類に入るのです。
夫とそのことについての話し合いはできません。
自分が受ける影響の度合いについて妻自身が気づかない限り、それはDVとは言えない難しさがあります。

夫がアスペルガーであることと、DVを見分けることは、とても難しいです。
私は長年、夫に話しかけては生返事ばかりで会話が成り立たず、無視されていると悲しく思っていました。
仲良くやっていきたい、楽しい会話をしたいと願っていたのに裏切られるばかりでした。
それはある意味、受け取る私にしてみれば無関心ネグレクトというDVに等しかったのではないかと思っています。
ただその後、夫の特性で話し合いができない事を知り、気持ちを共有共感することは無理だったと知るうちに、夫に対する態度や自分の残りの生き方も定まりました。
関わらないこと、期待しないこと、するべき仕事はハッキリ指示すること、家庭内別居を徹底すること、等など。


私の旧い友人の一人で、夫に支配されている人がいます。
20年以上前からの知合いでしたが、そのことを知ったのは数年前でした。
身体的暴力を受けて肋骨が折れた時に 医者から
「明らかにDVなので、診断書を出すから大切に保管していざというときに使いなさい」と強く言われたそうです。
でも彼女はそのことを私にとても軽く言いました。
その後も信じられない夫の仕打ちや言動のモラルハラスメント、また定年になって経済的DVもひどくなりました。
遠くに暮らしているので全てを聞いているわけではありません。
彼女が私の家に泊まりに来た時に夜通し話を聞き、
「それはDVの様相を呈しているから、公的な相談機関に聞いてもらって、自分で確かめた方がよい」と勧めました。
でも私より年上の彼女は、慣れているのか認めたくないのか
「夫は子供みたいな人で…ホント困るわ」と軽い調子で言うのです。
ときどき心配で電話をしたり手紙を書いたりするのですが、同じです。
彼女は病気を発症し身体が不自由になりつつあるようですが、遠いので私は手伝いに行くこともできません。
身体が不自由になっているのに、全ての家事をしているそうです。
「お惣菜を買ったらいい」という私の言葉に、「夫は手作りでないと駄目だから」って…
娘さん2人が近くに暮らしているので、友人として遠くから心配するしかありません。

「夫の行為はDVである」と妻が気づくこと、認めることは、これほど困難であるのかと友人の話から知りました。

友人の話で横道にそれてしまいましたが…
もしカサンドラ症候群である上に、夫からのダメージがDVに相当すると感じたら、それは更に著しく心身に影響を与えます。
対処法として、DVについても情報を集めることが必要だと思っています。
そして公的機関に相談したり、自助会に参加するなどして、他の方々の話を参考にしてほしい。
各市町村の女性センターには、DVに関する多数の資料を揃えています。
自分の置かれている状況を知り、冷静に自分で分析する力を必ず得られると思います。

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3月28日

皆さま、お元気ですか?
ブログを更新しようと毎日思いながら、時間ばかりが流れていきます。
日々同じ暮らしをしているので、刺激がないせいかもしれません。
それよりも何よりも、人との弾むような楽しい会話がないから、気持ちが更新しにくいのかもしれません。
「笑う」ということも忘れかけています。
人と交流し会話を楽しむ中で笑うことができる、と痛感します。
でも私は元気にしています。
一人で行動できることを 貪欲に実践しています。
四季の移ろいや自然に目を向ける、料理を工夫してみる、自転車で遠出する、興味のあった土地を訪ねてひたすら歩く、読書、洋裁など、毎日の暮らしが忙しく廻っていきます。

今は桜が満開ですね。
少しでも満喫したくて桜並木を求めての散策を心がけています。
桜が散る頃には、また気持ち新たに頑張れるような気がするのです。

緊急事態宣言が解除されてから、じわじわと感染者数が増え続け、昨日(3/27)の大阪の感染者数は386人でした。
世界の状況をかんがみても、今後しばらくは日本からコロナウィルスが消えることはないでしょう。

あじさい会活動もいつ再開できるのか見通しが立ちません。
カサンドラ症候群に苦しんでいる方々への場を提供できずに、心苦しいです。
自助会は参加者が話すだけの場ですが、抱えていた悩みは自分一人のものではなかったと確認する場でもあります。
2014年から多くの参加者のお話を聞いてきましたが、どの方も根っこの部分は同じでも、困っていることは様々でした。
またそれぞれの方の自助会の利用の仕方も様々でした。
その中でお一人、大きく印象に残っている方がいます。

その人は月2回のあじさい会を欠かすことなく、半年間通ってくれました。
はじめの頃は、自分の困難な家庭の状況を上手にやり過ごして受け入れるしかない、というお話でした。
しかし回を重ねるごとに、結婚前の自分を振り返ってみたり、とても辛かった経験を言葉に出されるようになりました。
そのうちに身近な人や専門家などにも相談できるようになった、と話されました。
自分を堅く覆っていた殻を少しずつ剥がしていく作業を 2週間ごとの共感という自助会で実践されているのが分かりました。
そしてある日、「今日は最後の参加になります。」と言われました。
今後の自分の在り方を決心されたようでした。
自助会では、それぞれの参加者の話す内容に自分の姿が重なり、客観的に自分を捉えることができます。
彼女がどのような決心をし、どのような行動を起こされたのかは、私はそれ以来お会いしていないので知りません。
ただハッキリしているのは、選択肢は無いと思っている事がらでも、人の話を聞いたり自分の胸の内を言葉にしてみたりするうちに、時間はかかってもよりよい方向を探り得るのは可能だということです。

コロナ禍により、そのような場を提供できないことが残念でたまりませんが、自助会でなくても他の方法で自分を変えていくことはできます。
もし今、カサンドラに苦しんでいる方がおられましたら、たくさんの情報を集めて正しく理解し、自分と向き合い自尊感情を育んでほしいものです。
一人ひとり答えは違います。
私の場合は、家庭内別居と言う形で自分を保ち平和に暮らしていますが、参考にならない方も多いことでしょう。
ポイントは夫婦という単位を外して、夫を見つめるのではなく自分を見つめること、だと考えるのですが…

人は話すことで心が解放されるのに、それがままならない今、心が弱っている人には厳しいときだと思います。
どうか体調を崩さないように、心が軽くなるように身体を動かして、春のエネルギーをいただいて、焦ることなくゆっくりと進んでいきましょう。
(と自分に言い聞かせています)

2月26日

皆さま、お元気ですか?
私は元気にしています。

今週初め、鼻水が出て悪寒があったので、もしやコロナ感染ではないかとヒヤリとしました。
しばらく様子をみるべく養生していたら、2〜3日で治りました。
長く経験を積み重ねてきたので、少しの不調なら自分の身体をコントロールできる、とちょっと自信がもてました。
強い感染や大きな病気なら、自分の治癒力だけで治すことは無理ですが、小さな不調は自分の身体の声をよく聞いて、それに適した対処をすることができます。
ただ、それもまた心の平穏あってのこと。
気持ちが揺れていたり、辛い悩みを抱えていては治癒力が働きにくいことを、私はこれまで何度も経験してきました。
コロナ禍で、更に大きなストレスにさらされているカサンドラの方々のことをいつも心にかけています。

1月の緊急事態宣言になってから、私はステイホームを実行して、秋から再開していた習い事をやめました。
もちろん人と会う約束もありません。
ですが、習い事のお仲間で1月になってやめたのは、私だけでした。
近くの公民館の市民講座も途切れることなく開催されていました。
夫が日々通っているシルバー倶楽部の活動も変わりなく継続されています。
夫に問うてみると、
「大阪府の方針として、お年寄りの地域のクラブ活動を停止したら、認知症や健康上の問題にも及んでくるので、できる限り注意して続けていった方がよい」
とのことでした。
私が感染するとしたら夫からだ、と警戒していましたが、地域でクラスター発生ということもなく今に至っています。

テレビでは
「不要不急の外出をしないでください」
と何度も繰り返されてきました。
でも不要不急の意味があいまいすぎて、人によって捉え方が違いすぎて、考えの違いに人との関係が分断されるようで、矛盾だらけで釈然としないものを私はずっと抱えていました。
でも今は自分の考えが整理され、スッキリしています。

それは、人と私は違うこと。
結婚してから転勤などで何度も引っ越しを経験してきたことや夫との関係で、常に一人で行動せざるを得ない状況に置かれていました。
子供たちとも早い時期に遠く離れて暮らすようになり、子供のいない生活だったこと。
そのような環境だったので、一人で居ることには慣れているのかもしれません。
夫と一緒に行動することができない、と悟ったときから、完璧な一人行動を実践しています。
本音は寂しいのですが、それもまた楽し、と考えられるように鍛えられました。
だから人によって「ステイホーム」の意味合いが違っていいのだ、と思えるようになったのです。
私は他の人より、一人で過ごすことが容易いのだと思えたのです。

もし夫の毎日の地域活動が無くなれば、私へ与えるストレスも増します。
だから、お年寄りの地域活動の大阪府の方針をありがたく思っています。
夫はまだ60代ですが、70代80代の方が主流の活動にも絶対にサボることなく参加しています。
真面目なので、興味があるとか無いとかいうより、参加することに意義があるようです。
地域の誰かと親しくなるということもないけれど、必ず決められた会合には行く、というスタンスは、ひょっとしたら最も理想的な地域活動の姿かもしれません。
夫の居場所ができてよかった、と今日も思いました。

十分に注意していても、どこで感染するのか分からないのがウィルスの怖さです。
自分を規制し過ぎて心の平静を崩さないように、バランスよく考えながら暮らしていきたいですね。
あじさい会は必ず再開しますので、それまでどうかお元気で!

1月23日

新しい年が明けて、もう久しい時間が流れてしまいました。
2021年がよい一年であって欲しい、と心から願っています。

2021年正月ほど、淋しい気持ちで過ごした日々はありませんでした。
遠方に暮らす子供たちは帰省せず、正月準備も買い物も掃除もせず、日常と全く同じ日を迎えただけでした。
それでも何かせめて違う日を感じたくて、初日の出を散歩がてら見に行くことに決めました。

今まで60年余り生きてきて、私は一度も初日の出を見たことが無かったのです。
元旦の朝はお料理の準備で忙しいので、早起きして日の出が見える場所まで行くという考えがまるで浮かばなかったのだと思います。

いつもの散歩コースの河原まで出かけると、土手にはたくさんの家族連れや夫婦連れ、若い人たちのグループが居ました。
ぞろぞろと皆が集まってきていました。
大勢の人が、橋の上で、土手の上で、または河原で今か今かと日の出を待っていました。
私も少しでもよく見えそうな場所を探しながら歩いて、初日の出を待ちました。
土手の上とはいえ、マンションが少し邪魔をしていましたが、太陽は強烈な光を放ちながら、どこから眺めようがものともしない神々しさで昇り始めました。
毎朝同じことの繰り返しなのに、この日の朝日は特別のように感じました。
そして2021年がよい年でありますように、とお祈りすることができました。
誰とも会わず淋しい正月でしたが、それゆえ初日の出を見に行くことができて良かった、と気持ちを切り替えています。

年末年始から始まる感染拡大や緊急事態宣言、医療崩壊、自宅療養者の増加、など重いニュースばかりが伝わってきます。
60代でもあり慎重派でもある私は、再びステイホームを実行せざるを得なくなりました。
どこで線を引くかというのは、人によって違うので難しいですよね。
自分で情報収集して分析して、何が自分に合っているのか判断しながら行動するしかないと今は考えています。
本当は、人とそのことについてもいろいろ話をしてみたい。
感じることを互いに話してみたい。
ときどき人恋しくなって、寂しさが増すことがあります。
でも今は一人で考えて、自分を信じて行動するしか方法はありません。
これからも続くであろう感染症のある暮らしを 生き方を含めてどのように変えていかねばならないのか考えるべきときだ、と思っています。

今年は、これまで読みそこねていた名作や大作といわれる小説や歴史小説に挑戦してみたいと思っています。
またネット配信で優れた映画やドラマをたくさん観ようとも思っています。
今だからこそできる贅沢かもしれませんね。

人との交流は望むことができないけれど、四季折々の自然との交流を愉しんでみたいと思っています。
年末に、すっかり忘れていた花の球根をたくさん植えました。
遅すぎたのでうまく育ってくれるかどうか分かりませんが、色とりどりの春の開花を楽しみに待つことにしています。
最近は空を見上げるようになりました。
晴れた日の青空がとても美しく、雲が輝いて刻々と形を変えて流れていくさまを仰ぎ見ていると、コロナ禍であることをしばし忘れます。
小さな庭を訪ねてくれるメジロやヒヨドリにも心癒されます。
とくにメジロは人懐っこくて、私が庭に出ても平気で餌のミカンをついばんでいます。
朝になると餌をせがんでチッチと鳴く声にも自分のペットのように癒されています。

本当は人と話がしたいです。
家では夫がいても言葉を交わすことがないので、一人暮らしも同然です。
「今は仕方がない」と自分をだましだまししながら憂鬱な気分に陥らないように、自分を奮い立たせているような状態です。

カサンドラ症候群の一番の苦しさは孤独です。
子供さんがおられる方はなおさらで、一人で全てを抱えて奮闘しなくてはなりません。
誰も助けてくれない。
コロナ下に於いては、いっそうのこと様々な問題もふりかかり孤独を深めてしまうかもしれませんね。
その大変なときにあじさい会を開催できないことは、本当に遺憾です。
ですが、どうか参加されたときの方々のお顔を思い出し、一人でないことを思い出し、夫さんとは距離を保ち振り回されることなく常に冷静でいられるように、と願ってやみません。
皆さまにとって、よい2021年となりますように。

12月22日

2020年をふり返って

皆さんお元気ですか?
誰もが予想だにしなかった2020年が終わろうとしています。
どなたにとっても戸惑い混乱の一年だったことでしょう。
あじさい会活動を停止するのは、自分自身が病気になって動けなくなる時に限られるとしていました。
まさかこんな事態になるとは…
匿名での参加、その場限りの関係性という自助会では、残念ながら会の再開はかなり先のことになりそうです。

個人的なことですが、2020年をふり返ってみたいと思います。
私の暮らしは大きく変わりました。
それまでも人との関わりはあまり多くはなかったのですが、ほとんど無くなりました。

今まで私は、長年の思い入れのある好きな趣味を通じての活動を暮らしの中心に据えて、生きがいとさえ思えるほどに、惜しみなく時間も労力も費やしていました。
それがコロナ禍で、バッサリ無くなりました。
いや、続けている仲間たちもいますが、私にはできなくなってしまったのです。
感染の危険を伴うほどに必要な趣味なのか、と考えるに至ったのです。
人によって行動への考え方や捉え方は様々であり、感染対策を講じれば大丈夫、ということもあるでしょう。
こればかりは正解がないように思うのです。

小さな仕事もしていて、お客さんと会うために遠くへ出かけることも度々あり、それもまた楽しみの1つでした。
それもこの一年はすべて無くなりました。

いつも常に忙しくて、スケジュールをぎっしり埋めていました。
空いていると、友人と会ったり旅に出たりして、一日じゅう家で過ごす日など数えるほどしかなかったように思います。
今では夫も年金生活者で毎日家にいますが、かつては夫のいる土日は殆ど予定を詰めて外出していました。
あえてすれ違うように、顔を合わせないように意識していたのです。
ステイホームと言われていた春ごろ、どうしようかと焦りました。

人との関係を築くことのできない夫ですが、幸いにも地域の諸々の役員に担ぎ出されて、今では徐々に慣れていっているのか忙しそうにしています。
自分を主張せず静かで言われるがままに黙々と仕事をこなす夫には、町内活動は適任のようです。
その上、町内会での神社の掃除や行事にもけっして文句を言わずに、決められたことをサボらずきちんとこなす姿勢は、信頼されているようです。
町内活動は夫の特性にとても合っているのです。
受動型なので誘われるままに自分の得手不得手も考慮せず、シニア倶楽部のどれにも参加しているようです。
ときどき家庭菜園の野菜を持ってきてくれる人もいます。
また先日はお年寄りの女性が庭で採れたといって、小さな柚を2個下さいました。
今では早朝のラジオ体操にも誘われるままに、毎日6時には公園へ出かけています。
けっして休むことはありません。
彼が学校を一度も休んだことがないと自慢していたことを思い出します。
私にはとても真似のできないことです。
このように地域の人達の交流の輪の中に入り込むことができ、本当に良かったと思っています。
つい夫に
「町内会の人に誘ってもらって、ホントに良かったね。」と声をかけてしまいます。
でもとくに嬉しそうにしている様子はみられません。
淡々とした感じです。

私としては、夫が年金生活者になってずっと家に居るようになった時、夫が一人ぼっちで孤独だったらどうしよう、と心配していました。
私にはどうすることもできないくせに、私の責任ではないか、と自分を責めてしまうのです、夫とは話ができないから。
それは傍から見れば、妻から夫への無視無関心の態度です。
でも夫だって結婚以来ずっと、何十年も私へ無視無関心だったもの。
私も同じにすることで、ようやく自分自身を取り戻すことができたので、手放すわけにはいきません。

このコロナ禍で夫がずっと家に居たとしても、私は全く平常心で暮らせていけることに驚いています。
一緒にご飯を食べない、トイレ洗面所は別々、居住エリアを二分する、という家庭内別居の卒婚形式で、私は心乱されることなく平和に暮らしているのです。

人と接する機会が激減して、私は多くの時間を得ました。
春から試行錯誤しながら、この環境で自分のできることを模索しています。
その一つに朝の散歩がありました。
夏の暑い日には夜明け前から歩き始めました。
そのうち少しだけジョギングしてみました。
2分ほど走っただけでも息切れしていたのが、今では30分くらいを休み休み走れるようになりました。
自分にはジョギングなど到底無理だと諦めていたのに、少しとはいえ走れるなんて、一年前には想像すらできないことでした。
また川の土手の高い所に上り日の出を眺めるのも、一日の始まりの活力を得て幸せな気持ちになります。

最近ではスポーツサイクルを購入して、サイクリングロードや旧街道を走って遠出を楽しんでいます。
一人で軽々と風を切って走ると爽快だし、見知らぬ土地が繋がっていく喜びを感じます。
スポーツサイクルに憧れていたけど、今の年齢では遅すぎる、と諦めていたことの1つでした。
自分が生きがいだと信じ込んでいた趣味の活動を停止したからこそ、時間に余裕ができて実現した新しい出会いです。
もしコロナが無ければ、思い切って飛び込むことのできなかった世界です。

コロナで人と会わないから、グレイヘアも実現しました。
グレイヘアは勇気が要るけれど、誰にも会わないから説明しなくて済むので気持ちがラクでした。
自分のありのままを自分が受容できて、見た目は老けても幸せな気分です。

時間がたっぷりあったから、自分好みのたくさんの洋服も作りました。
鞄も工夫しながらたくさん作った。
免疫力を上げるために、料理についても以前より注意を払うようになりました。

そんなふうに2020年を過ごしてきて、私は去年より健康になったと感じています。
友人と会ってお喋りできないことは少し残念だけど、メールで繋がっています。
楽しいとき、悲しいとき、困ったとき、いつでも友人達と繋がれる時代に生きているので、一人でも淋しくはありません。

皆さまにとっても、それぞれ大変な2020年だったことでしょう。
大変だったけれど、何かを掴んで来年に生かせられますよう切に祈っています。

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