11月24日の会

11月24日あじさい会

<参加資格>
夫がアスペルガーもしくはアスペルガーかもしれないと悩んでいる妻

<日時>
2015年11月24日(火曜日)
10時〜12時

<場所>
大阪市立青少年センター ココプラザ (大阪市東淀川区東中島1-13-13)
http://kokoplaza.net/access.html
会議室 701

<会費>
初めての方 500円、2回目の方 300円

参加ご希望の方はコメントにてご連絡ください


11月24日の会を終えて

初参加の方2名を迎え6名でお話しました。
初めての方だと話したいことが多すぎて、何から話せばよいのか見当がつかないことでしょう。
けれども2回目3回目の方でもまだまだ話し足りないことが多いです。
よく話題になるのは「夫の家族は変わっていた」「夫の家族に振り回された」という話です。
それは世間的にはよくあることかもしれませんね。
ですが決定的に違うのは、親戚と理不尽なトラブルがあっても夫は妻を助けてはくれない、間に立って話し合って解決しようなどとは、決して動いてくれないことです。

私の場合も夫の家族に、結婚当初から大きな違和感を覚えていました。
結婚することが決まって初めて彼のお姉さんに会ったとき、彼女は私とは初対面にも関わらず、いきなり弟がいかに優秀で素直で性格のよい人間かを得々と話して聞かせました。
延々と続く自慢話のように…そして私については一言の質問もしなかったのです。
弟は優れた人物だからよく尽くしてくれ、というような話でおしまいになりました。
私のことなど一切関心ないという話しぶりでした。
あまりにも一方的な会話で結婚相手である私を無視した話し方で、腹が立つと言うより呆気にとられて驚いたのです。
その時の光景は今でもはっきり思い出すことができるほど、強烈な体験でした。

夫は5人兄妹でしたが、盆正月の集まり時でも、皆さん自分の話ばかりを一方的にして、そうして家族の会話が成り立っているようでした。
それなのに、私は好かれるお嫁さんになりたくて、何歳も年上の兄妹たちの話の聞き役に徹していました。

その後いろいろなトラブルがあって、(とてもここに書き切れる内容ではありません)疎遠になっていましたが、昨年甥の結婚式に招待されました。
丸いテーブルで新郎の母親一人を除く夫の兄妹4組の夫婦が同席になりました。
その時、彼らは自分の弟である私の夫には一言も話しかけず、疎遠で嫌っていたはずの私にばかり話すのです。
私はまたサービス精神で聞き役に徹していましたが、ふと夫を見ると、兄妹たちの話をまったく無視してお料理を食べ続けています。
兄妹たちは弟に話しかけても、相槌も打たないし、感想も言わないことを知っていたのだとようやく気づきました。
兄妹たちは私には全く関心がないけれど、私がうなづいたり相槌うったり笑ったりと反応してくれるので自分の話が思う存分できて心地よかったのです。

私は時々考えます。
嫌なときや聞きたくない気持ちの時は、自分だって無視すればよかったのだ、と。
誰にも好かれるように誠心誠意尽くすことなど必要ないのだ、と。
通じる人と通じない人が存在することを今ごろ知ったなんて遅すぎる、と悔やまれます。

夫の親や兄妹と大きなトラブルが生じたとき、彼は私に謝ることも庇ってくれることも、またそれについて話すことも説明することもしませんでした。
親や兄妹に抗議してくれることもありませんでした。
何度も夫婦で話し合いを持とうとしても、途中で遮られてうやむやでお終いでした。
「今後のことを話して決めたい」と言っても「将来なんて誰にもわからん」でおしまい。
何ひとつトラブルについて話し合うこともなかったのに、彼が最後に「雨降って地固まる」と言い放った時には呆れて返す言葉もありませんでした…

今では何もかも透きとおるように分かります。
彼には「雨降って地固まる」という経験ができないのです。だから言葉の使い方が分からないのは当然でしょう。

「雨降って地固まる」ことわざ辞典で引くと
もめごとが起こったとき、それを解決するために議論したりして、互いの気持ちが理解できるようになることがある。だからもめごとのあったあとは、かえってよい結果を招くことがあるということ。

すべてはもう過ぎたことです。
時間を無駄にせずに前に進んでいきたいと思っています。


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