2月20日の会

2月20日あじさい会

<参加資格>
夫がアスペルガーもしくはアスペルガーかもしれないと悩んでいる妻

<日時>
2017年2月20日 (月曜日)
10時〜12時 (9時50分開場)

<場所>
大阪市立青少年センター ココプラザ (大阪市東淀川区東中島1-13-13)
http://kokoplaza.net/access.html
会議室 803

<会費>
初めての方 500円、2回目の方 300円

参加ご希望の方はコメントにてご連絡ください
アドレス記入される場合は、「非公開チェック」でお願いします。

<お知らせ>
 参加希望者数が予定を上回ってきましたので、申し込みを終了致します。


2月20日の会を終えて

最近は初参加の方が多くて、8名参加のうち初めての方が6名でした。
普通の会話のやり取りのはずが、どうしてそのように複雑になり激怒されたり、素っ気ない反応だったり、全く関係のない話に飛躍したりするのだろうと頭を抱えてきた、自分のせいだと思い込んできた。
そして誰にも話せなかった、分かってもらえなかった、というのが私たちの共通する経験です。
短い時間ではありますが、自分もズレてしまいそうになる軸を元の位置の戻すことを確認し合えればよいなと思っています。
また本来持っていたはずの自分の明るさを思い出す時間になればよいなと思っています。

先日テレビを見ていたら、有名なロボット工学者が研究をするきっかけについて話していました。
それは子供のころ学校の先生に「人の気持ちを考えなさい」と言われて、その意味が全く分からなくて、ずっと疑問に思い、そのことが「人間とは何か」を追究するに至り研究を深めてきた、というものでした。
「人の気持ちなんて分からない」と夫はよく口にしていました。
そして「みんな人の気持ちなんて分かっていない」と、それが真理であるかのように話すのが常でした。
私は確かにそれも一理あるな、と夫の言葉に頷いて聞いていたものです。
それは「憶測でモノを言ってはいけない、人にはいろいろな事情があるかもしれないから」という私への戒めのように受け取っていた、ずっと長い間。
でも今にして思えば、それは単純に「人の気持ちや思いが分からない、理解できない」というだけのことだったのでしょう。
「人は誰でも他人の気持ちを思いやることができる」と私が思い込んでいたことは、違っていたのです。
そのことを知らないから、パートナーは混乱し苦しみは深くなるのです。

朝日新聞社から取材を受けました。
カサンドラ症候群が記事になるそうです。
一人で悩んでいる人、また周囲の人の理解につながれば、ずいぶんと救われると思っています。
きっとまた自助会を訪ねて来られる方が増えることでしょう。
自助会で解決法は見出せませんが、仲間と出会えて、少しだけ元気になれるように願っています。






スポンサーサイト

2月7日の会

2月7日あじさい会

<参加資格>
夫がアスペルガーもしくはアスペルガーかもしれないと悩んでいる妻

<日時>
2017年2月7日 (火曜日)
10時〜12時 (9時50分開場)

<場所>
大阪市立青少年センター ココプラザ (大阪市東淀川区東中島1-13-13)
http://kokoplaza.net/access.html
会議室 803

<会費>
初めての方 500円、2回目の方 300円

参加ご希望の方はコメントにてご連絡ください
アドレス記入される場合は、「非公開チェック」でお願いします。

<お知らせ>
 参加希望者数が予定を上回ってきましたので、申し込みを終了致します。



2月7日の会を終えて

今回は9名の参加でお話できました。
そのうち初参加の方が7名です。
お互い顔が見えるように輪になって席についてもらうのですが、会が始まるまでどなたもお喋りすることなく緊迫した空気が漂っていました。
自助会に参加してみようか、という行動はとてもハードルの高いものです。
そこで全く理解されないばかりか反対に傷つけられるようなことがあったら怖い、という不安もあるでしょう。
迷いながら、今なら引き返せるかもと思いながらドアを開けて参加される方のお気持ちを大切にするように毎回心がけています。

今回の参加者は40代~70代の幅広い世代になり、若い人には経験を重ねた世代の話が参考になり、昭和世代には若い人も同じ苦しみを味わっており時代のせいではなかったことを確認する場面もありました。
どの方にも共通するのは、
「相談にものってもらえず全部一人で子育てをした」「自分が病気になった時、何一つ助けてもらえなかった。救急車さえも自分で呼んだ」等々。
家族構成も環境もそして世代も考え方も違う参加者同士ですが、こうして共通の思い悩んでいることを互いに吐き出すと
「自分が至らない妻だったからではない」と確認することができます。
今まで人に相談して
「あなたの言い方が悪いのではないの?」「はじめの夫教育が間違ったのよ」「心を込めて根気よく話をすれば分かり合えるよ」「相手の気持ちをよく聞いてみたら?」等々。
そういったことで解決する問題ではなかったことを自助会で仲間同士で確認し合い、本来の自分を取り戻し、自分の気持ちを優先させる。
そんな役割が自助会にはあるのかな、と今回も感じました。

最近、楽しみにしていることがあります。
庭に鳥の餌台をこしらえてバードウォッチングしているのです。
小さい庭なのですが、ヒヨドリやメジロが木に止まっていることがあり、試しに半切りにしたミカンを木に刺しました。
それは食べにくそうだったので、工夫して餌台をこしらえ、リンゴやミカンを刻んで置くようになりました。

毎日眺めていると、つがいのヒヨドリが来ます。彼らは止まる木も楓に決めているようです。
そのうちシロハラという鳥も来るようになり、それは単独行動でいつも1羽で現れます。
メジロも飛んでくるのですが、小さいのでヒヨドリやシロハラに追い払われてしまいます。
そこで新たな餌台をこしらえ、小さいメジロだけが入れる大きさの網目になった籠をかぶせてみました。
メジロはそこで安心して集まってくれるようになりました。
鶯色のメジロはとっても愛らしいです。飽かず眺めています。

シロハラは習性として土の中のミミズなどを探すそうで、いつも地面を突いています。
ヒヨドリが食い散らかしたリンゴを地面で待ち受けて、啄んでいることもあります。
力関係は、ヒヨドリ>シロハラ>メジロであることも分かり面白いです。
朝になると催促する鳴き声が聞こえることもあり、私はすごく嬉しく幸せな気持ちになります。

今年の冬は思いがけずそのような楽しみがあるのですが、夫には話していません。
鳥の話を誰かに聞いてほしくてたまらないのですが、そのことを夫に話しても彼の反応が手に取るように分かっているので話せないのです。
私が顔をほころばせながら長い話をしても、彼はきっと「ふーん」でおしまい。何の質問も共感の言葉もないでしょう。
そしてもっと嫌なのは、その話をあたかも自分が体験したかのように他の人に話すことです。
なぜなのか分かりません。
いつもそうだった。私が話すことに相槌も打たず何のコメントもせず聞いているのに、他人にはその話をして自慢したり知ったかぶりしたりするのです。
それがすごく嫌だった。
「鳥が来てくれて可愛くて嬉しい」という私の気持ちには共感できないけど、「自宅庭に鳥が来て、それぞれの習性がある」という事実は話の材料になるのでしょうか…

私の大切にしている気持ちを彼に話す必要はなく、友人や子供たちにSNSで聞いてもらっています。
今ではネットがあるから、夫と話せないという寂しさも半減しますね。
そしてまたこのブログで気持ちを書かせてもらうことも自分を開放してくれます。
(野鳥に餌をやってはいけなかったら、ごめんなさい)


検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR